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kaedesunのブログ

音楽とかオシャレとか食べ物とかくだらない事が無駄に好きな管理人の日常とか

宗教って悪いものですか?

エンタメ 生き方

清水富美加ちゃんの一連の騒動で疑問に思うことがありすぎて、仕事が手につかないので自分の考え方をしたためておきます。

 

①宗教の自由

宗教は自由に選べる。はずなのに、新興宗教は非常に叩かれる。この背景は「オウム真理教」の事件が大きいと思う。実際、ヤバイ宗教も多々あるわけで、見極めというものが難しい。外から見れば、「お布施」や「集団生活」を送る生活がおかしいと思うのは当然。だがしかし、その道を選んだのはその人自身。周りがとやかく言う問題なのだろうか?もちろん命に関わるとか、暴力、財産を失うレベルは論外なんだけど。

 

幸せの価値は人それぞれ。私は音楽に投資しまくっているけれど、興味がない人からすればナゼそんなものにお金を使うのだと言われるだろう。好きなアーティストの発言に共感したり、その人達から生き方を学ぶ。たまたま彼女は宗教だっただけではないのだろうか?私もヨガにハマってた時に精神論は学ぶものがあったので、なんとなく仏教の教えという世界のイメージがわかる。

 

「出家」というフレーズが、どうしてもオウムをリアルタイムで知ってる世代からすれば、シャクティ―パットな世界が浮かんでしまうのだけれど・・・。どうやら坊主にもしないし、単なるお手伝い的なポジらしい。

 

②神様を信じることは悪?

目に見えないものを信じることは悪ではない。昔から、日本人だって神社に参拝するし、お正月には餅を備えて神様の存在を信仰している。「神様が見ているから悪いことをしてはいけないよ」見えないからこそ、正しい道を歩めるきっかけにもなったりする。「そんなもの信じてどうするの?」というけれど、世の中にはそんなもの信じてどうするの?というものに溢れている。「鬼は外福はうち」鬼なんかいないだろ。「ご先祖がキュウリに乘ってお盆に帰ってくる」んなわけないだろ。でも、みんな信じているじゃないか。

 

信者ではないけど宗教が趣味の僕が解説してみる、清水富美加が出家する幸福の科学とは。 - 日々、しあわせさがし

こちらのブログが幸福の科学についてわかりやすく書いてあるんですけど。我が家は農家だったので、神様を崇めたりする日々が当たり前でした。自分と違う宗教を選んだだけで差別的な発言をするのはいかがなものか?自分がその宗教団体に何をされたわけでも何を知るわけでもないのにいかがなものか?キリスト弾圧の時代のようだ。

 

③せめて仕事を終わらせてからやめろ?

当然、それが出来る事が理想的だ。でも、それが出来ないことがある。メンタルには限界がある。頑張って頑張って頑張って頑張ってきた彼女に対して、よくそんな事が言えると思う。それって「アナタは頑張ってない」と言っている事と同じ。かなりのブラック体質の人間だと思う。仕事を途中で放棄したらどうなるか?それは芸能界にいる彼女の方がよくわかっているだろ。それでも、今はやめたかったという答え。そこで違う答えを出したら死んでしまったかもしれない。人間はそんなに強くない。本来なら、事務所がきちんと管理するべきところだったのではかろうか?

 

④芸能事務所の闇

私はその芸能事務所に所属しているわけでも、その宗教団体に所属しているわけでもないので真相がわからない。でも、私の友人がタレントをしている。その子はある日「洗脳されてた」と言った。事務所のマネージャーに洗脳されていたと。その話は、本当にヒドイものだった。現在、友人は事務所を変えて、今は楽しくマイペースに仕事をしている。

 

そして、清水富美加ちゃんが所属している芸能事務所。バーニングに対して私は良いイメージを持っていない。凄くクダラナイと思われるかもしれないけれど、私はある日お台場の景色が良いレストランのランチビュッフェに入った。すると、店内に入った瞬間に異様な雰囲気を感じた。そして、ビュッフェは冷凍、レトルトは当たり前。カレーすらシャバシャバで不味い。挙句にはプラスチックの使い捨てコップが使いまわしされ、料理の前でモップ掛けをする店員。店内はどす黒い空気に満ち、史上最悪なランチに私は某サイトでレビュー記事を書いた。すると、何度書き直しても「掲載できません」と連絡がきた。

 

この不届きな店を経営しているのは誰だ?そう思って調べた結果、そこに名前があったのはバーニングだった。そして、そのお店の評価は4。いくらでもメディア操作できるのだなと身をもって痛感。だから信用していない。そして、自分が今いささかのメディアな仕事に携わって思う。いくらでも文字ひとつで世の中を動かせてしまうと・・・。ふと思うことがある。